人は、何のために教育を受けるのでしょうか?
昭和や平成であれば「競争に勝ち、良い企業に入りお金を稼ぎ、豊かに暮らすため」というのが答えだったかもしれません。
しかし、子供たちを待ち受ける未来は、エネルギーの大量消費が気候災害となり、物の大量消費が海を汚染し、食料や資源の奪い合いで国家間の緊張が高まる世界です。解決すべき課題は地球規模なのです。
親の進んだ道を踏襲し優秀な会社員を目指しても、地球環境が破壊され食べるものもなければ元も子もありません。
私たちが、私たちの子供に望むのは、平和で愛と笑顔にあふれた世界です。
必要なのは、一人一人の個性豊かな「創造力」そして意見の相違すら超える「協働力」です。
希望はあります。
子供たちは「創造力」と「協働力」を生まれもっています。
そして教育は、これらを伸ばすことができるのです。
近年の脳科学の発展は、創造力が生まれる脳の状態を解明し、どのような教育がどういった効果をもつのかを明らかにしつつあります。
経済学は、幼児期の教育が重要であると指摘しています。
世界中の様々な分野の学問が、教育をテーマに研究を進めています。
そして、世界の先進的な教育関係者はこれらの新しい知識を取り入れ、幼児教育を実践しています。
明らかになっているのは、「子供中心、子供ファースト」であれ、ということです。
つまり、安心安全な幼稚園環境をつくり、子供がもつ好奇心を中心に没頭して遊ばせ、そこに教育要素を添えるということです。
この教育を長年実践してきたのが、荒川区の公立幼稚園です。
東日暮里幼稚園もその中の一つ。
今、東日暮里幼稚園が経験を重ねてきた幼児教育に、科学的理解が追いつき、時代の要請が合致してきているのです。
それでは、東日暮里幼稚園の教育を脳科学の視点で深掘りしてみましょう。
東日暮里幼稚園の子どもたちは、午前も午後も夢中で遊びます。
可能な限り子供に時間の使い方を選択させ、好奇心のままに遊びに没頭させることで、子供は自分の人生をコントロールできている感覚を得て、創造力を発揮することができるようになります。
それは、脳科学的には、前頭前皮質が脳を統制し、ドーパミン濃度が十分で、時にデフォルト・モード・ネットワークが活性化している状態です。
また脳は、使った回路は強化され、使わなかった回路は整理される特性があります。
このため、
幼児期に毎日遊びこむ経験を積むことで、その後の人生でもコントロール感をもち、自発的に取り組み、創造的で自信に満ちやすい脳になるのです。
では、子供が自分から没頭して遊び続けるにはどうしたら良いのでしょうか?
東日暮里幼稚園の朝の様子を見てみましょう。
ある朝、東日暮里幼稚園に登園した子供たちは自分の好きな遊びを始めました。
前の日、この子供たちは「ください」「どうぞ」と、お店屋さんのようなやりとりをしていました。
そこで先生はこの日の登園前に、教室の中にお店屋さんの屋台をつくり、お店屋さんの帽子やエプロンをそっと置いておきました。
それを見つけた子供たちは大喜びでお店屋さんを始めます。
このように、
子供たちの今ホットな好奇心を把握し、それを発展させる仕掛けを日々準備することで、子供が自発的に遊び始めるのです。
また、3歳から5歳は言葉や音楽、運動や手先の作業に関係した脳の部位が発達します。このため、歌や楽器演奏、運動や工作は今まさに伸びる能力であり、何より子供自身がやりたくなるのです。
子供たちは自分達で歌いたい歌や踊りを先生にリクエストし、演奏してもらいます。気に入ったらもう一回!もありです。
日々の踊りにはCOT(コオーディネーショントレーニング)の動きが取り入れられ、楽しみながら脳と神経の発達をうながします。
教室には工作用のはさみと工作素材が、いつでも手に取れるように置いてあります。
子供たちは毎日、渾身の力作のおもちゃを作り、遊びます。実践的な創意工夫、失敗と改善を経験し、手先の動きは脳に刺激を与えます。加えて子供たちは、古いおもちゃに飽きるということがないのです。
他にも、東京藝術大学との連携事業の版画制作など、専門的で先進的なプログラムもあります。
子供たちを夢中にさせる仕掛けの知識やバリエーションの多さは、遊びで子供たちを育ててきた東日暮里幼稚園の強みです。
そして、遊びの中に様々な「発達の機会」を見出す目線が、東日暮里幼稚園の教育力です。
ところで、脳には汎化という「伸びた能力とつながる別の能力も伸びる」という性質があります。
たとえば、大好きなダンスをした後で、踊っている自分の姿をお絵描きします。
身体を動かす経験を元にした子供の絵は細かいところもリアルに描いてあり、絵も上達するのです。
東日暮里幼稚園は子供の好奇心をトリガーに、汎化をうながす教育が非常に巧みです。
東日暮里幼稚園の先生方は、こうして個々の遊びを促すと同時に、意図的に子供たちの遊びをつなげ、よりダイナミックな遊びへと展開していきます。
例えば、先ほどのお店屋さんの近くに、釣りが好きな子供ための釣り堀を置いておきます。
すると、魚を釣った子供がお店屋さんに魚を持ち込み、調理し、売り始めるのです。
子供たちは徐々にコミュニケーションをとり始め、次第に協働して大人数で規模の大きな遊びをすることに慣れてきます。
年長になれば幼稚園のホールや遊戯室いっぱいに巨大ブロックで街や遊園地や屋台街をつくり、自分達でつくった動物や食べ物のおもちゃを置き、そこに年少や年中の子供たちを招待して遊ばせます。
大人数で一つのものを作り上げる、その過程には高度なコミュニケーション力や自己統制、見通す力や臨機応変な行動など、多様な能力が必要となります。
毎日これらの能力を鍛えている子供たちは将来、協働する時にも臆せず、力を発揮することができるでしょう。
ところで、東日暮里幼稚園には多様な子供たちの好奇心を引き出す仕掛けがあります。
その一つが年10回ある遠足です。
園の外で、普段とは違う刺激を受けながら新しい好奇心を見つけます。このため、行先は自然公園、水族館、人形劇など多岐に渡ります。
遠足から帰った子供たちは虫や魚の図鑑を読み込み、劇ごっこをし、新しい学びを遊びに取り入れます。
自然や生き物との触れ合いも大切にしています。
自然や生き物は、大人の研究者が一生かかっても解明しきれないほどの不思議がつまっていて、好奇心を尽きさせません。
園庭を活用した種まき、収穫から、これらを活かした食育や工作への展開、あるいは、園庭で見つけた生き物を教室で飼ってみるなど、丹念な子供の観察と臨機応変な現場対応が子供の好奇心をふくらませます。
こうした園の活動は素晴らしいものですが、子供は気分がのらなければ参加しません。
そして、そのことで厳しく指導されることもありません。
自由を認めることで、参加してもしなくても、子供は自分で選択したことだ、と人生のコントロール感を持つ事ができるのです。
さらに、子供が休憩したり、ひとり空想したり、あるいは自然や生き物をじっと見る時、つまり意図的な活動を何もしていない時だけ、脳はデフォルト・モード・ネットワークが活性化します。この時、自己認識、他者とのやりとりの意味を考える、他者の視点に立つなど道徳的思考が進み、創造的な発想が生まれます。
子供がそれぞれ夢中で遊びながらも、自分のペースが認められる。このような教育は、カリキュラムにそった教育よりも複雑で難しく、先生には注意力と創造性が求められます。
これが実現できるのは、園全体で先生方が連携し、現場での個別裁量を認める方針があるからです。
もし大人たちが連携せず、孤立していたら…疲労やストレスで子供の好奇心を発展させる余裕など無くなることはお分かりと思います。
大人がストレスを感じていれば、子供もストレスを感じ、お互いにコントロール感を喪失します。
先生方はもちろん、保護者や地域と連携して子供の教育の質を高める。
そうして創られる良質な幼稚園は、先生が「自分の子供を通わせたい」と言う幼稚園なのです。
東日暮里幼稚園の年長は、子供達でオリジナルのお話をつくり、衣装をつくり、一つの演劇をつくりあげ、保護者の前で上演します。3年間の幼稚園で積み重ねた学び、「創造力」と「協働力」の成果です。
人は、何のために教育を受けるのでしょうか?
それは、自分たちが力をつくし協力し、平和な世界を創って未来の子供たちへ繋ぐためではないでしょうか。
<参考文献>
Natural Born Learners Alex Beard 東洋館出版社
The Self-Driven Child William Stixrud, Phd, and Ned Johnson NTT出版
HLPING CHILDRENSUCCEED Paul Tough 英治出版
「賢い子」に育てる究極のコツ 瀧靖之 文響社
Humankind 下 Rutger Bregman 文藝春秋